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職員紹介

中島さん

東京医療秘書福祉&IT専門学校

中島さん

■プロフィール

日本歯科助手専門学校(現:東京医療秘書福祉専門学校)歯科秘書科を卒業後、歯科医院に就職。約1年勤務した後、1995年に三幸学園に入職。教員として8年勤め、リラクゼーションマッサージを手掛ける店に転職し、約3年後結婚を機に退職。通信教育で医療事務の資格を取得し、大学病院に就職。8年半ほど経った頃、2016年に再び「東京医療秘書福祉専門学校」に勤務することに。現在、非常勤講師として医療事務の授業を担当している。

変わろうと思えば今からでも変われる

母校の「東京医療秘書福祉&IT専門学校」で以前も教員をしていたのですが、転職や結婚、医療事務の資格取得などを経て大学病院に勤めていました。8年以上いるとだんだん新人教育が仕事の中心になっていき、それならもう一度教員の仕事がしたいと思いはじめたのです。ちょうど教員になっていた元教え子から「戻ってこないか」と誘われたのは好機でした。

 

戻ってきても変わっていなかった三幸学園の「諦めない教育」という理念。卒業生の私もこの理念に助けられた一人です。高校生の時は学校が好きでなくてあまり行きませんでした。でもここでは先生が頑張りを認めてくれて、努力は無駄じゃないということを教えてくれました。学校のおかげで私は変わることができたのです。「東京医療秘書福祉専門学校」に入っていなければ、今の私はなかったでしょう。だから生徒には変わろうという気持ちを大切にしてほしい。努力を見てくれている人がここにいるよって伝えています。

リアルな話を生徒に届け続けたい

医療事務を中心に週15時間ほどの授業を行っていて、大学病院にも勤めています。午前中は病院、午後から学校に勤務する日もあって、正直体力的には大変です。でも頑張れているのは、現場の生の声を生徒に届けたいから。学校に戻ってきて講師の仕事だけに集中した年もありましたが、できる話が過去のことなので生徒の反応がちょっと鈍いなと感じました。リアルタイムか過去の話かで生徒への影響が変わることを目の当たりにし、現場に戻ることにしました。

現場にいる自分だからこそ伝えられることがあるはず。患者さんと接している中でうれしかったこと、大変だったことなどありのままを生徒に話すようしています。しかし生徒が「働いてみたい」「病院で働くって楽しそう」と思えることが大切なので、すべてを語ってしまわないようにも気をつけています。

まるで我が子のような生徒の成長がやりがい

初めて医療事務のクラスを受け持ったときのクラスは忘れられません。団結力がとても強く、自由参加の検定前の補習授業にも必ず全員で出席していました。そのかいもあって検定には全員が合格しました。そして1年生の最後の授業の際には、私に花束とメッセージボードを用意してくれたのです。そのときは全員で号泣しました(笑)。この思い出は今も私の糧になっています。

当校の中でも医療事務の授業は一番多く、生徒と関わる時間も長いので、教えた生徒はみんな我が子のようなものです。入学した頃はイロハのイの字も分からなかった生徒たちが、阿吽の呼吸で通じるようになったとき――成長した姿を見られるのが一番うれしい。たとえ2年生になって授業を持たなくなっても気になる存在です。

卒業の日が感謝であふれるように

学校も病院も “人対人”の仕事。だからこその面白みがあれば、辛いことも同じくらいあります。むしろ生徒との関係はより濃いもので、自分の人生をさらけださないといけない時もあります。長年続けてこられたのは、基本的に人と関わるのが好きだから。卒業の日に「ありがとう」って生徒に言ってもらうために1年間頑張っています。

教員と医療事務の現場の二足のわらじはこれからも続けていくつもりです。好奇心旺盛な性格で新しいことが何かできないかと常に考えているので、まだまだ働き方は模索中です。ただベースは、生徒と関わっていきたいという思い。では何を変えるかというと、未経験の介護施設や薬局などに勤めてみるのがいいかもと考えています。そうしたら新たに生徒に伝えられることがあるでしょう。これからも新しいことに挑戦していきます。

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